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浦和地方裁判所 昭和55年(ヨ)594号 判決 1981年8月13日

債権者

株式会社アンデス

右代表者

杉浦昇

右訴訟代理人

丸山正次

福島武

債務者

増田富亥

債務者

増田郁子

右債務者ら訴訟代理人弁護士

荒川岩雄

主文

一  債権者の債務者らに対する申請をいずれも却下する

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請の理由第1項の事実(但し、債務者らが債権者の代表取締役及び取締役を辞任した時期の点を除く。)及び同第2項の事実中北浦和三店において昭和五五年六月三〇日まで債権者がその主張の営業していたこと、現在債権者が北浦和三店を除く他の四店舗及び加盟店四店舗で同様の営業をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二<疎明>、債権者代表者杉浦長三郎尋問の結果(その一部)、債務者増田郁子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

(1)  北浦和三店中別紙物件目録記載(一)の建物は鈴木一夫より、同目録記載(二)の建物は川口ツヨより、同目録(三)記載の建物は有限会社稲橋商会より、それぞれ債権者が従来賃借してきたものであること。

(2)  債務者らは、昭和五五年七月一日から、債権者とは別個独立に、北浦和三店を実質的に支配し、従業員を管理し(その際店長その他従業員の一部を更迭した。)、従前債権者が行つてきたと同様パン、洋菓子等の販売等の営業活動を行うようになつたこと。

(3)  債務者らは、同年八月一九日には正式に債権者の取締役を辞任するとともに、他方同月一五日にパン及び菓子の製造並びに販売、喫茶店及び飲食店の経営を目的とする株式会社ボンドウール(以下「ボンドウール」という。)を設立し、債務者郁子がその代表取締役に、債務者富亥が取締役にそれぞれ就任し、それ以降はボンドウールが北浦和三店において前記のとおりの営業を継続して行つていること。

(4)  同年七月ないし八月ころまでの間に、債務者らは、債権者の現代表取締役杉浦昇が代表取締役である杉浦恒産株式会社から同会社所有にかかる大宮市宮原町所在の鉄筋コンクリート造り四階建ビルディングの一階部分約一〇〇坪余を、同年七月一日から二年間の約定で、洋菓子及びパンの製造工場等として使用する目的で賃借したほか、北浦和三店について、各賃貸人との間で改めてボンドウールを賃借人名義として賃貸借契約を締結し、又は債権者の賃借権を譲受けることの承諾を得たこと。

(5)  債権者ら(ボンドウール設立後は同会社)は、同年七月以降、債権者から債権者の工場で製造されたパン、洋菓子等の供給を受けて、これを北浦和三店で販売していたが、杉浦恒産株式会社から借受けた前記建物を工場として整備した後は、ボンドウールが同工場において自らパン、洋菓子等を製造し、もつぱら右工場で製造した自社の製品を北浦和三店において販売するようになつたこと。

(6)  同年八月中旬ころまでは、債務者ら又はボンドウールが北浦和三店において前記の営業を行うについて、債権者の他の役員又はその従業員らとの間で格別のトラブルはなかつたこと。

(7)  同年八月一八日に至り、杉浦昇及び債権者の従業員ら数名が北浦和三店に押しかけ、ボンドウールの従業員らの抵抗を排して、当日の売上金を実力で持ち去るという行動に出たので、債務者らは、警察に届けるとともに、警備会社の警備員を使用するなどして北浦和三店の警備にあたり、翌一九日再ぢ北浦和三店の一つに債権者の従業員ら数名が押しかけてきた際には、これを排除して店内に立入らせず、その後は、北浦和三店とも債権者の側で実力を行使して立入る等の行動に出ることはなく、一応平穏にボンドウールが各店舗を占有管理し、その営業を継続して今日に至つていること。

以上の事実が一応認められ、<疎明>及び債権者代表者杉浦長三郎尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。

三そこで、債権者らの主張する営業譲渡の点について判断する。

前記一の争いのない事実及び前記二認定の事実に、<疎明>、債務者増田郁子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

(1)  債務者らは、昭和三五年浦和市常盤においてパン小売店を開店し、その後債務者郁子の両親である杉浦長三郎、静子夫婦、実弟である杉浦昇らの援助をも受けながら、店舗、工場を増設するなどして営業規模を次第に拡大し、昭和四二年七月債権者の前身である有限会社アンデスを設立し、これを昭和五三年九月株式会社に組織変更したこと。

(2)  昭和五五年六月当時債権者の代表取締役は債務者富亥、取締役は債務者郁子、杉浦昇及び杉浦静子、監査役は杉浦三郎であり、株主(発行済株式総数三万四〇〇〇株)は、債務者富亥(五六〇〇株)、債務者郁子(九〇〇〇株)、杉浦長三郎(五六〇〇株)、杉浦静子(五六〇〇株)、杉浦昇(四二〇〇株)、伊東紀子(二〇〇〇株)及び杉浦恒産株式会社(二〇〇〇株)であつたこと。

(3)  昭和五五年六月ころ、債務者富亥が債権者の女子従業員と親密な関係にあることが妻の債権者郁子に発覚し、一時は債務者ら間の関係が険悪となり、杉浦長三郎が仲裁するなどして一応は円満におさまつたが、その後債務者らが右の女子従業員をその意思に反して配置転換しようとしたことから、債権者の従業員らの強い反発を招き、債務者らは、同月二五日午後債権者事務所の会議室において、右配置転換の問題に関して、多数の従業員らから長時間にわたり厳しく追及を受け、いわゆる吊し上げの状態となつたこと。

(4)  右の従業員らによる追及集会が終了した後同日同所において、債務者両名のほか、杉浦長三郎、静子、昇及び当時債権者の顧問弁護士的立場にあつた弁護士荒川岩男が集まつて善後策を検討したが、その席上、かような混乱を惹起したことについて債権者富亥の責任問題等が話し合われ、これ以上の混乱を避けるためにはこの際債権者の営業を分割して債務者らが独立し、債権者の代表取締役には杉浦昇が就任するという方向でその場に居合わせた全員の意見が固まり、その具体案について討議した結果、北浦和三店の営業を債権者から債務者らに対し譲渡することについては大筋の合意をみたが、債務者らがそれ以外に希望した債権者の工場を分割するとの案については反対者もあつて結論が出ず、さらに翌日午後七時より債務者郁子宅において債権者の株主総会及び取締役会を開催して、右営業譲渡の問題等について討議することを全員が合意し、同日は散会したこと。

(5)  翌六月二六日午後七時浦和市常盤の債務者郁子宅において、債務者両名、杉浦長三郎、昇及び荒川弁護士が参集して債権者の株主総会及び取締役会が開かれ、前日議論した営業譲渡等の問題についてさらに討議した結果、出席者全員一致の意見をもつて、債務者らが同年六月末日限り債権者の代表取締役及び取締役を退任すること、同年七月一日付で北浦和三店の営業を債権者から債務者らに対して譲渡することなどが決定され、当日の株主総会及び取締役会の議事録は後日税理士に作成させることとして、その手続は杉浦長三郎に一任されたが、当該議事録は実際には作成されないままであること。

以上の事実が一応認められる。

四以上の事実に基づいて考えるに、債務者らが主張するところの北浦和三店の営業譲渡が法律上有効になされるためには、一方で右営業譲渡は商法二四五条一項一号にいう「営業ノ重要ナル一部ノ譲渡」に該当するものと解されるから、同条の定める株主総会の特別決議を要し、他方右営業譲渡は取締役会社間の取引たる性質をも有するから取締役会の承認の決議を要し(同法二六五条)、かつ、右いずれの決議についても、債務者らは特別の利害関係を有する株主又は取締役として議決権を有しないものというべきである。

判旨ところで、昭和五五年六月三六日債務者郁子宅において前記二(5)認定の集会が開かれた際に、出席者全員が、債権者から債務者らに対して北浦和三店の営業を譲渡することを合意したことは前示のとおりであるが、同日の集会が外形上株主総会及び取締役会と認めうるものであり、そのそれぞれについえ決議が成立したものと認めうるかどうかについては、議事録が作成されていないこと、招集手続や決議の方法等が曖昧で不明確であることなどから相当の疑問が残るし、また、例えば株主総会についてみると、少くとも株主中伊東紀子に対する招集の通知がなされたことはその疎明を欠くといわざるを得ず、従つてその決議に関し瑕疵がないとはいえない。しかし、前記認定のとおり、六月二六日の集会の前日には債権者の全取締役及び監査役が一同に会し営業譲渡等の問題について話し合つていること、これらの者は同時に債権者の株主七名中の六名(杉浦昇は杉浦恒産株式会社の代表取締役でもある。)でもあること、その席上翌日の株主総会及び取締役会の開催が決められたこと、翌二六日の集会に際しては、取締役中一名を除く全員と監査役が、また株主の面からみると七名中五名が出席(発行済株式総数の約77.66パーセントの株式を有する株主が出席したことになる。)していること、二五日、二六日の両日とも債権者の顧問弁護士的立場にある弁護士が同席していることなどの事実に照らせば、前示のとおり、六月二六日債務者郁子宅において債権者の株主総会並びに取締役会が開催され、そのそれぞれにおいて、それぞれ出席した議決権を有する株主又は取締役(債務者らはいずれの場合も議決権を有しない。)の全員一致の決議と認めうるものが外形上成立したものと一応認めるのが相当である。

右認定によれば、債権者から債務者らに対する北浦和三店の営業譲渡は、商法が要求するところの株主総会の特別決議及び取締役会の承認の双方を得たものと一応認めることができる。

なお、債権者は、さらに同法二六四条の定める取締役の競業避止義務に基づき、株主総会の特殊決議による競業の認許を要する旨主張するが、少くとも債務者らが昭和五五年八月一九日に債権者の取締役を辞任した後は、債務者らの行動について取締役会の競業避止義務による制限を受けないものというべきであるから、債権者の右主張は失当である。

そうすると、債務者ら(又はその設立したボンドウール)は、前記のとおり北浦和三店を占有し、そこにおいてその営業をなすにつき、正当な権限を有するものと一応いうことができる。

五以上によれば、債権者の債務者らに対する本件仮処分申請は、その被保全権利の疎明がないことに帰着し、保証を立てさせて右疎明にかえることも相当でないから、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小松一雄)

物件目録<省略>

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